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三重と映画
>三重県出身の映画監督:
藤田敏八監督
藤田敏八(1932−1997)
本名繁夫 1932年朝鮮平壌生まれ。釜山で終戦を迎え、三重県
四日市市に引き揚げる。46年〜49年神戸高校在学の後、四日市
高校を卒業、東大文学部仏文科に入学。在学中は演劇活動に熱中、
俳優座養成所に入所し、平幹二郎と同期。
55年日活助監督部に入社、滝沢英輔や蔵原惟繕監督に師事。67年
監督に昇進し「非行少年陽の出の叫び」でデビュー。同作品で日本映画
監督協会新人賞を受賞。71年代表作となる「八月の濡れた砂」を発表。
以後、秋吉久美子の3部作「赤ちょうちん」「妹」「バージンブルース」
等を発表し、青春映画の旗手と呼ばれる。78年「帰らざる日々」で山路
ふみ子賞を受賞、また80年の「ツゴイネルワイゼン」では役者として
出演、独特の存在感で日本アカデミー賞の優秀助演男優賞を受賞。
監督作品は88年の「リボルバー」が最後となる。晩年は映画、テレビ、
舞台にと監督よりも俳優としての活躍が目立った。97年8月29日死去
享年65歳
【作品】
・「赤い鳥逃げた?」(73)
・「もっとしなやかに もっとしたたかに」(79)
・「スローなブギにしてくれ」(81)
・「ダブルベッド」(83)他
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