お知らせ・イベント掲示板

  もどる     新規投稿     トピック表示  

【3364】Re:ads.FM「三重の映画に恋をして」〜VOL.45「いずれの森か青き海」(2003年) 事務局 田中忍
メール  
URL  

放送内容:

本作は四日市が舞台で、四日市で撮影がされました。主人公のアオイは16歳の女子高校生です。四日市のコンビナートの近くに住んでいて、自分の街が好きでありません。オーストラリアのメールフレンドに、私の街は青い海が近くにある緑豊かなところですと嘘をついています。アオイの両親は離婚し、一緒に住んでいた母が亡くなり、今は母の弟とともに住んでいて、自分の境遇を変えたいという気持ちがとても強くなっています。ちょうど、四日市を舞台にした映画撮影が始まるというので、アオイはそのオーディションに応募し合格します。アオイは映画撮影が始まると映画スタッフと話す中で、「自分はデザイナーになりたい」という気持ちを持っていることを語ります。これまでは、同じ高校の同級生同士で話をし、自分の本当の気持ちをごまかしたり、嘘をついたりして、自分が嫌になることが多いアオイですが、社会人である映画スタッフとの交流において、社会と触れ合い、自分の将来を考えるきっかけになっていったと思われます。また、一緒に住んでいるおじさんが結婚をするという状況も出てきて、自分の居場所を考えねばならなくなります。そのような時、アオイの人生を変える転機がきて、アオイは故郷を離れることになります。

映画はアオイの旅立ちで終わるので、その後、アオイがどうなったか知りたくなります。私は、是非、瀬木監督に続編を製作してほしいと思っています。ところで、アオイは今の自分が好きになれない。どうにかして、自分の境遇を変えたいという気持ちを持っていますが、どうすればいいのかわからないという袋小路にいます。私、この気持ち、よくわかります。私の場合、高校生の頃、映画に出会うまで、三重県のような地方にいてはいかんのではないか、都会へ出ていったほうが自分のためにいいのではないかというような気持ちを引きずっていました。映画と出会い、将来は映画に関わる仕事をしたいという思いが高まり、高校を卒業したら、映画が盛んな東京の大学に行くのだという気持ちになりました。本当は大学というところは、その先にある仕事に結びつけるために、学ぶ場所なのだけど、当時は映画を学ぶ大学がなくて、まずは映画が盛んな東京に行き、大学へ行くより、映画をたくさん見るのだという気持ちでした。結局、私は東京での志望校には受からず、京都の大学に行きました。で、大学3年の頃、映画のエキストラに出たことがきっかけで、京都の撮影所にドラマや映画のエキストラに出るため、通ってたのです。しかし大学卒業後、長男なので家を継ぐために三重県へ戻り地元の会社に就職しました。そして、2000年ごろ、三重県で映画文化振興活動をされている方と出会い三重映画フェスティバルをやりましょうという動きをする中、この「いずれの森か青き海」が四日市で製作されることを知り、撮影現場を訪問したり、映画スタッフの方々とお話したりし、以降、三重県での映画活動を続け、今に至ります。

本作に話を戻します。
映画の中で映画撮影が行われるというエピソードですが、この「いずれの森か青き海」の主人公は新人の西村美紅さんという少女で、映画出演までに舞台経験があった津市出身の女子高校生です。映画は初出演で初主役なので、まさにアオイと重なる部分があり、映画の中で行われる撮影シーンが、この「いずれの森か青き海」の撮影と重なっているのではないかと見間違うような気分にもなります。そして、オーストラリアのメールフレンドが四日市へ立ち寄るというエピソードも出てきて、アオイの気持ちをくんだ近所の人々が、少しでもオーストラリアの方にこの街をきれいに感じてもらおうと、清掃活動をするというシーンがあります。でもアオイはそれも気に入らない、素直に感謝ができませんし、言葉にも表せません。自分がついた嘘の後始末はできないことを知っているので、私のために、地域の皆さんにしてもらうことを受け入れられないのです。迷惑をかけて申し訳ないと思っているのですけどもね…と、いろいろあって、アオイが故郷を離れるとき、非常に寂しくなります。アオイの中では、これまで自分が住んできた四日市がどんなところか、どのような人がいるのか知らなかった。と気づきだしていました。でも、一度は故郷を離れまた戻ってきたい。そのような感情を旅立ちの時、アオイは持ったのだろうと思いました。この映画の冒頭に、「あなたが残したものの中で、あなた自身は育っていく」というウイリアム・シェイクスピアの言葉を引用していて、この映画はその言葉に集約されると思います。

さて、瀬木直貴監督は、四日市出身の監督です。「いずれの森か青き海」を故郷で撮ろうと企画したのは、何と「故郷と決別するためのプライベートフィルムを製作しよう」という考えだったのですね。ですから、アオイに「故郷が好きじゃないのに、嫌いになれない」という気持ちを持たせ、彼女が出会う人々によって彼女がどのように変わっていくかというあたりを映像に収めたのは、監督自身の気持ちが撮影を通じてどのように変わっていくかというところと重なっています。あるインタビュー記事に「映画製作を通じて故郷を再認識できました。多くの人たちとの出会いがあり、自分自身が変わりました」と書かれていました。「いずれの森か青き海」は、四日市の商店街やお祭りのシーンなどを撮影していますので、そこに住まわれている地域の方々の協力が不可欠ですし、エキストラも延べ1000人以上参加したとのことですから、四日市を舞台としたこの映画は瀬木監督と決別するどころか、以前よりもタイトな関りを持つようになったと言えるでしょう。この映画のDVDも、四日市の方々が「この映画をまた見たい」というリクエストに応え、公開から3年後の2006年7月に、監督が代表を務めるソウルボートプロダクションによって自主生産、自主販売されたものです。その後、映画の企画・製作販売会社の目に留まり、「自主販売の流通の枠を超え、より多くの人に作品を観て頂くべきでは」との提案があり市販となったという経緯があります。

瀬木監督の作品は、この映画にも共通するように、日本各地で撮影されています。これまで、三重県、福岡県、滋賀県、福島県、大分県、広島県などで映画製作をされています。その地に住む人々の生活を見つめ、地域の人々といろいろな話をし、その地域ならではのエピソードを盛り込み、自然や地域コミュニティーをモチーフにした作品に定評があります。「いずれの森か青き海」は、瀬木監督の初期作品ですので、監督の故郷である四日市の街や人々が、これからは地域映画を製作していこうとする監督の背中を押したのだと、私は思っています。それから、瀬木監督は、撮影をさせてもらった地域では、その場所で上映会ができるように企画されたり、上映後も連絡をとられたり、地域との結びつきを映画撮影だけにしていません。また、監督の他にエッセイ・コラムの執筆、環境・人権に関する講演活動、各地のまちづくりアドバイザーも務め、活躍の場が大変広い方です。三重県では、みえの国観光大使、四日市市観光大使、明和町観光大使を務められています。

瀬木監督の三重県を舞台にした映画は、本作と2012年に菰野町を舞台に、足立梨花が出演した「GoodLuck 恋結びの里」、同じく2012年に監督した「ROUTE42」。これは高岡奏輔、菊池亜希子らが出演した、国道42号線を疾走するロードムービーです。

また菰野町で映画塾の講師、伊勢市ではいせ人権映画祭の講評を務められています。

「菰野ふるさと映画塾」ですが、2019年まで6回開かれています。昨年はコロナ禍で延期、今年7月に開催予定との事です。映画塾の内容は、菰野町の湯の山温泉に泊まって、3日間で映画のすべて、つまり、脚本、編集、カメラ、音響、照明、監督、役者を学びます。これを指導されるのが、瀬木監督はじめ映画界の第一線で活躍されている方々です。寝食を共にするため、映画作りや映画談義で常に盛り上がるそうです。映画塾のタイトルにもあるように、"ふるさと"を「記憶」から「記録」に留めておきたい。そして次の世代の人たちに伝えたい。その手法の一つとして映画作りを学んで、故郷で活かして欲しいというのが願いです。監督は、映画作りはチームワークであるとよく言われます。映画を作るためには、自分のポジションだけうまくできていればいいというものでなく、皆で力を合わせることを強調されます。たとえば、赤い自転車が撮影に必要なら、必ず、探してくださいと言われます。万一、赤い自転車がなければシナリオを変更するのでなく、借りられる自転車を赤色にしてくださいと、映像のイメージを作るために粘られます。現場では妥協をされず、映画作りに真剣な厳しさが伝わってきます。

いせ人権映画祭の方は、先ごろ、2月13日に第6回が開催されました。この映画祭は、人権について、若い方々にも参加できる啓発活動がないかと考えられた末、SNSが身近にあり、映像作品の制作が容易に取り組めることなどから、自主映像作品を上映する映画祭です。この上映映画の講評をされるのが瀬木監督。瀬木監督は制作者の作品への思いや制作意図をくみ取られ、作品が人権とどのように関わっているか様々な切り口で話されます。そして、映像の技術的なこともプロの立場からアドバイスされるので、制作された方々にとって、次回作品制作への大きな励みになっているようです。また、この映画祭は優劣をつけるものではなく、毎回、瀬木監督が作品にあったユニークな名前の賞を決められます。今回も「記録映画賞」や「コンセプト賞」などがあり、毎回どんな賞が出てくるのかも楽しみの一つになっています。「人権映画祭」で自主制作作品を募集して実施しているものは、全国的にも伊勢市だけと思います。
瀬木監督は、毎年、このふたつの映画イベントに関わられ三重県の映画文化振興に尽力されています。


返事する
投稿日 2021/2/21 (Sun) 15:06:31
更新日 2021/2/21 (Sun) 15:06:31
 

削除キー

【3364】の修正
名前
E-Mail
題名
URL
削除キー sage機能 ←投稿した時の削除キーを入力してください。

  もどる     新規投稿     トピック表示  


Copyright:(C) 2004 三重映画フェスティバル実行委員会. All Rights Reserved.
Wing Multi BBS Pro 1.1.4